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古田敦也の引退

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1989年ドラフト2位。
1991年首位打者。
1993年MVP。
1997年MVP。
ベストナイン9回、ゴールデングラブ賞10回、正力松太郎賞1回、日本シリーズMVP2回、オールスター出場17回(うちMVP2回)

私の野球ファン歴の大半で大活躍を見せていた名キャッチャー古田敦也。
私が野球を離れていた期間も相変わらず華やかな成績を残し続け、球史に残る名選手になっていた。

古田が怪我をした年は優勝できないと言われ、既存のセオリーを破りながらも自らの理論で最も理にかなったバッティング、スローイングを実践し、常にセンセーショナルな存在であり続けた。

私が、好きだった岡林洋一や伊藤智仁は古田敦也のリードがあってこそのピッチャー。

また一人、私の好きな人がユニフォームを脱ぐ。

昨日の会見を見て、正直、いたたまれなかった。

選手の晩年は衰えて体力の限界という体で、もう頑張ったよね、悲しいけど仕方がないんだよね、と思えることが多かった。

でも、今回の引退会見が悲しすぎるのは、あれほどの名選手としての終わりが、自分の意思で幕を引いたものではなく、
監督としての責任をとっての同時引退であったこと

監督としての古田敦也は確かに実績を残せなかったかもしれない。
普通の監督でも解任されても仕方がないと思う。
あれだけ個人の成績が突出しているのに現状最下位争いをしているのだから。

でも、でも…

不適切な表現をあえて使うが、
あれほどの名選手がヤクルトスワローズなんかに骨をうずめてくれたのだ。
なのに、球団側の焼き畑農業的“お客さんを増やそう作戦”の犠牲者になったのだ。

彼が、現役を引退してからじっくり指導法を学んでいけば、いつの日か名監督に成長できたかもしれないのに、球団がなんの計画もなく、無理やり監督に押し上げ、そして切り捨てたのだ。

次の監督候補は荒木さんであり、コーチ陣として栗山さんや智さんや飯田さんがあがるという。
確かに長い間のヤクルトファンで、彼らを嫌いという人はいないであろうという、人気者の顔ぶれだ。

でも、これでは、また首のすげ替えだけではないか。

プロ野球界は、少しずつ変わろうとしている。パ・リーグの人気やサッカーチームが行っているような地元に根差した球団経営が実を結び始めている。ヤクルトスワローズは、それを誰に任せているのか。

ハンカチ王子くらいまで行けば別だろうが、もはや、選手個人のポテンシャルだけでは、スタンドを観客で埋めることはできない。

名選手古田敦也は、選手としても監督としても、ファンのためにチームのために球団のために球界のために、力を尽くしたのだ。

そんな彼を人柱にした球団に、私は失望した。

でも、せめて。球団がせめて古田敦也の功績や貢献に敬意を示す意思があるのならば。
背番号27は永久欠番にしてほしい。

ヤクルトの背番号27は、私にとっては古田捕手だから。

おにぎりまるの2007公式戦観戦成績:カウントできなくなりました(T-T)およそ50試合くらい・負け過多。
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■ 引退会見で号泣 古田監督悔しさにじむ

2007年9月20日(木) 7時1分 スポーツニッポン

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ヤクルト・古田敦也監督(42)が19日、東京・東新橋のヤクルト本社で堀澄也オーナー(72)に今季限りでの現役引退と監督辞任を申し入れ、了承された。ユニホーム姿で臨んだ記者会見では号泣。兼任監督としての葛藤(かっとう)の中、低迷の責任を取ってユニホームを脱ぐことに悔しさをにじませた。なお、後任はOBを中心に人選を進めており、西武投手コーチの荒木大輔氏(43)が最有力となっている。

 涙が止まらない。18年の現役への思いか、それとも監督辞任の悔しさなのか。中日戦の試合前に東京・元赤坂の明治記念館で行われた引退&退任会見。ユニホーム姿で臨んだ古田監督は、あふれ出る涙をぬぐった。

 「すみません」「あかんなあ」。さまざまな思いが胸に去来する。「ファンには感謝の気持ちでいっぱいです」。そう言うとまた涙があふれた。

 球団からは再三、専任監督として来季の続投要請を受けた。だが、それを固辞。チームの低迷の責任を一身に背負って決断した。「プロの監督には大きな責任がある。監督が結果を問われるのは当たり前のこと」。兼任監督就任の時、3年契約の球団提示を断って2年契約。その2年で結果を出すつもりだったが、昨年は借金3の3位で、今季は23年ぶりの最下位の危機にひんしている。決意は揺るがなかった。

 しかし、口には出さなくても無念の思いが募るのは確かだ。就任時に全面バックアップを約束されながら、補強面でも自ら中心となったファン獲得のための「Fプロジェクト」でも大きな協力は得られなかった。そんな中で、兼任監督の葛藤が不世出の名捕手の選手生命も縮めた。後継者の育成と自身の出場。「後継者づくりも役目で“自分が”という気持ちがそがれた」と話し、兼任監督について「僕は40歳代でなったが、できるなら30歳代でバリバリの人の方がいい」と続けた。

 涙の理由を問われた古田監督は言った。「寂しさというよりも悔しさの方かな」。選手18年、監督2年の思いがその言葉に凝縮されていた。

Comment:4

なお 2007-09-21 (金) 05:59

何も考えられない。
何も受け入れられない。
覚悟していたわりにはショック。

おにぎりまる 2007-09-21 (金) 07:50

本当に。

辞めるなんて本当には自覚できていなかったんだと思う。

もしかして、選手だって本人だってかもね…
やり口がプレマネ就任のゴタゴタの時と本当に似ていて、ツラかった。

パック 2007-09-27 (木) 00:14

ご無沙汰してます、パックです。
今年は選手としてはもう終わってしまうのかな、
なんて思ってある程度の覚悟はしてました。
監督の責任も一緒に背負って引退となると、
やっぱり悔しい気持ちでいっぱいです。
ファンもそうですが、古田さん本人はもちろんそうでしょうね。
特に今年は去年の穴を埋めてもらえなかったし・・・。
またヤクルトに帰って来て欲しいです。

おにぎりまる 2007-10-22 (月) 15:06

長い間コメントを放置してしまってすみません。

古田さんにはいつの日か復活してほしいという思いもありますが、最近の球団の対応とかを考えるともういいや、という気分にもなります。

長く応援している球団の変貌に追いつけないんですよね…

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